水関連機器用エラストマーの現状と新製品H26701)

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日本バルカー工業株式会社
基幹産業開発部 鈴木  憲

1.水関連機器用エラストマーの現状

 エラストマー材料には数多くの種類が存在するが、エラストマーとは何かというところから入った方がいいと考え、その部分から説明する。エラストマーとは、常温でゴム弾性を有するものであり、合成ゴム一般だけを指すわけではない。合成ゴムは、天然ゴムに代表されるように、熱を加えることにより加硫反応を起こし、熱硬化し、所定の形状の成形物となるものがほとんどである。一度硬化すると、再度異なる形状へは成形不可能となることが特徴である。反面、樹脂は熱を加えることにより、溶解を起こし、何度でも成形しなおすことが可能であるが、これを熱可塑性という。この樹脂の特性を持つものの中に、常温でゴム弾性を保有するものがある。すなわち、熱可塑性エラストマーである。熱可塑性エラストマーは、合成ゴムに必要な加硫反応がないため、ゴムと同義とは言えないが、エラストマーという言葉であれば、ひとくくりにするこ とが可能である。参考までにゴム弾性とは室温において、小さな応力で相当に大きい変形を起こし、その変形から急速にほとんど元の形まで戻ることを言う。
 再度話は戻るが、エラストマー材料としては、非常に多くの種類が存在するが、実際シール材として一般的に使用されている材料はかなり限定することが出来る。NBR(ニトリルゴム)、HNBR(水素添加ニトリルゴム)、IIR(ブチルゴム)、EPDM(エチレンプロピレンゴム)、FKM(フッ素ゴム)、VMQ(シリコーンゴム)がシール用エラストマー材料としては一般的である。NR(天然ゴム)や、BR(ブタジエンゴム)、SBR(スチレンブタジエンゴム)等はシール材というより、タイヤ、ベルト、ホースのような低発熱性、高弾性、耐摩耗性を必要とする部位で使用されることが多い。熱可塑性エラストマーは、耐熱性を考慮すると、運用が難しく、シール材としては一般的とは言いがたい。(著者の勉強不足であれば申し訳ない)耐熱性に優れたグレードもあるが、高価なものであり、やはり一般的とは言いがたい。
 上記合成ゴムは、それぞれに特徴があり、使用環境により使い分けられる必要がある。判断するための要因として、使用温度(低温、高温)、溶媒(液体、ガス)、圧力、固定用途、運動用途、コスト等さまざまである。どのように選定されているかは表1を見ていただければ、おおよそわかっていただけると思う。ただし、あくまでラフな考え方であり、実際はさらに多くの選定するべき要因が必要となる。今回の表題である水という用途に関して、どのように考えるかは、上水、中水、下水により、選定材料は変化する。まず上水であるが、基本的に飲料水と考えることとする。その場合、水道法、食品衛生法の規格に適合することが前提である。当然有毒物質(シアン、水銀、許容量を超えた銅、鉄、フェノール等)や環境ホルモンに類似した薬品を含有しているものは使用できない。また飲料水として水道水を成立させるために、水道局は水道水の塩素消毒を実施しなければならない。水中の病原生物の汚染を防止するためである。つまり水道水用シール材には塩素消毒に対し耐性を持つ必要がある。また、家庭内配管であれば給湯器等の高温にさらされる可能性、食品製造装置であれば、高温スチームにさらされる場合が考えられる。もう一つ言えば、シール材が水道水中の塩素を必要以上に消費することはご法度である。殺菌の為の塩素をシール材が消費してしまえば、本末転倒であるからだ。
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 逆に下水については、温度は上水ほどではないが、さまざまな流体に対し耐性を持つ必要がある。むしろ、塩素消毒だけの問題でなく、家庭内排水、工業用排水等、予測しがたい流体に対し、耐性を持つ必要があり、シール材としての耐性は、上水環境よりすぐれている必要があると考える。
 単純に選定すれば、0℃未満の環境で使用されない(0度以下では凍結する為)ため、耐薬品性に最も優れているFKMを使用することが一番容易であるが、一般水道配管で、FKMが使用されることはまずありえない。コスト面がネックになり、よほど厳しい環境ではない限り、使用されることは考えにくい。つまり一般に水用として使用されるのはEPDMである。耐薬品性がFKMに準じ、また、非常に高い耐熱性、NBRに準じる低コスト性を実現していることが理由である。ただし、シール対象が熱水(スチーム)の場合は、EPDMのほか、特殊FKMを使用しなければならないこともある。

2.水関連機器用エラストマー製シール材の動向と問題点

 1項ではEPDMが水用として使用されることが、一般的とコメントした。しかしながら、EPDMのグレードもさまざまあり、実際はそう単純ではない。水道水だけを考えてみても、次亜塩素酸による塩素殺菌が普通に行われている。しかも、水道水中の塩素濃度は各自治体でまったく異なる。諸外国と較べた場合、日本は独自の思考を持っていると言える点が、この次亜塩素酸による殺菌に見られる。よく外人から、日本の水は塩素臭があり飲めないとのコメントが、TV、インターネット上によく見られる。これは、至極当たり前のことである。諸外国の水道水中の遊離塩素濃度は最大0.1ppmに対し、日本の遊離塩素濃度は最低0.1ppm(水道法施工規則)であり、濃度上限は設定されていない。さらに水道水に感染が生じる恐れがある場合は、倍の0.2ppmを最低としており、諸外国の水道水への意識と日本の意識はまったく違う方向を向いている。諸外国が、おいしい水を求めていることに対し、日本は安全に水道水を飲むことを優先している。つまり、おいしさが二の次とは言わないが、日本人の本質は安全性を第一としているといっても過言ではない。極論で言えば、安全性を優先すれば、水道水の遊離塩素濃度は0.1ppmにする必要は無く、1ppmであっても問題ないといえる。つまり、安全性と引換えに、ゴムに与える塩素による影響は増大し、その結果、長期使用によるシール材の崩壊、破損を引き起こすこととなった。これが、墨汁現象と呼ばれる現象を一般的に引き起こす原因である。一番身近な墨汁現象は、水道パッキンや水洗トイレのタンクに用いられるシール材によく見られる。シールの悪くなった水道パッキンを交換するとき、シール材をよく見てみればわかることだが、必ずといっていいほど、触ると手が黒く汚れる。これを墨汁現象と理解していただきたい。
 この墨汁現象についても、数年前までは、ゴムでは生じて当然という風潮が見られた。しかしながら、昨今では、安全性+快適性+高寿命の3要素が要求されている。つまりユーザーは安全性だけではなく、水道水に視覚的な要素、シール材を交換する手間の不要さを感じているのである。墨汁現象は使用者に対して視覚的な不快感を与えるばかりか、飲料水等へ混入すると商品価値が著しく低下する。ただし、このユーザーが1次ユーザーすなわち水道、食品メーカーか、2次ユーザーすなわち一般消費者かを正確に見極めることが重要である。私見であるが、一般ユーザーまで、ここまでの意識が浸透しているか疑問である。将来的には、重要な問題になると考えられる為、現在から準備しておくことは必要であるが、安全性を重要視したメーカーの先行的な投資の意味が強いと予想される。どちらにしても、我々シール材メーカーとしての必要な対応は、安全であること、墨汁現象を生じないこと、及び高寿命(耐熱性)である材料の開発が必要不可欠と言える。

3.どう開発すべきか?

 2項に必要な開発目標を記載した。具体的に開発していくにはどのような手法を必要とするかを考えてみたい。
 安全性については、基本的に安全性の確保されている原料を開発に用い、食品衛生法を取得するということで、問題ないと考える。
 耐墨汁性と耐熱性は、同時に考える必要がある。まず墨汁現象の発生メカニズムであるが、①エラストマー材料に配合されたカーボンに水道水中の塩素化合物が吸着、②HCL又はCLOとカーボンが反応し、酸素ラジカル及び塩素イオンを発生、③EPDM分子鎖を酸素ラジカル、塩素イオンが攻撃、④架橋・酸化・崩壊を誘因、⑤水流によって劣化したエラストマー材料が流出するとのメカニズムを辿る。参考までに図1に残留塩素による
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EPDMの劣化メカニズムを示す3)、4)。つまり、③の酸素ラジカルと塩素イオンの攻撃に耐え得ることが可能であれば、墨汁現象は生じないという結論になる。また、黒色でなければ墨汁は生じないという意見もあるが、最終的に白汁を生じる為、根本的な解決にならないので参考にしない。また、白色であれば、汚れが目立たないというのも論外である。天邪鬼な話であるが、別の理由であれば、白色に変更することには意義がある。①の塩素化合物の吸着を防ぐという意味では充分効果がある。カーボンブラックの塩素吸着量は他の充填材に比べ大きく、塩素によるポリマー破壊に強く関与しているといっても過言ではない。そのため、カーボンブラックの代わりに、塩素吸着の少ない白色系充填材を用いることは、耐次亜塩素酸性向上の為の手法として正しいと考えられる。
 次に進むが、考え方として、①酸素ラジカルと塩素イオンを遮蔽する②酸素ラジカルと塩素イオンが、ポリマーにアタックする前に何らかの手法で消費する③酸素ラジカルと塩素イオンの攻撃を受けてもやられにくい構造とする。等が考えられる。最良な選択は、①である。②については、ラジカル及びイオンをトラップする薬品に限界量があるため、一定以上の時間の使用で効果が無くなる。また、ゴム以外の塩素吸収量の高い薬品を使用する場合、ゴムに対する比率が上がり、ゴム自体が持つ耐熱性に悪影響を及ぼす可能性が高い。③では、墨汁の発生を遅らせることは可能であるが、いつか必ず墨汁が発生する。結論として①を採用したいところであるが、これも実用化がなかなか困難である。PTFEをゴム表面に張り巡らせて、耐薬品性を向上させる手法は確かに存在し、自社でも実用化は行っている。しかしながら、一般のEPDM価格に対し、PTFEの処理は大きなコストアップにつながり、現実的でない。また、大量生産に向いているわけでもなく、一般水道配管に数量的に対応できるとも考えにくい。
 酸素ラジカルと塩素イオンを遮蔽する材料をゴム中に混ぜることも可能であるが、ゴム製品全面を遮蔽することは無理であり、効果もほとんど期待できない。また②と同様に耐熱性に悪影響を及ぼす可能性が高い。結論として、②及び③を運用せざるを得ないのが現状である。
 もう1点問題点がある。先に白色材料を使用することが、耐次亜塩素酸性に効果がある旨記載したが、一般論として、白色材料の耐熱性は黒色材料に比べて劣ると言われている。カーボンブラックに比べ、白色充填材の多くが親水性であり、ゴムとの親和性に乏しいためである。つまり、白色材料であれば、黒色材料より墨汁発生(白汁発生)は起こりにくいが、反面、耐熱性が黒色材料より劣るということである。墨汁発生は無く、耐熱性に優れることが目標である為、開発する為のハードルは高い。

4.新製品H2670の紹介

 上記の問題点を解決すべく、開発を行い、今回報告するH2670材の開発に成功した。H2670材は、いろいろな面でハードルを越えた材料であると言える。正直なところ、H2670を開発するに当たり、発生した問題、その打開策を全て記載したいところであるが、それをコメントすることは、材料の中身を開示することと同義である。少なくとも上記したような問題点、ハードルはクリアしてきた材料であるということで御理解いただきたい。
 以下にH2670が持つ特性に関して説明する。(表2に諸物性データ)
 まず、墨汁発生時間の評価を行った。250ppmの次亜塩素酸ナトリウム水溶液80度条件で、試料表面から墨汁現象が生じる時間を確認するものである。当然、次亜塩素酸ナトリウム水溶液は消毒剤として用いられる為、反応性が高い水溶液である。試験液が試料以外と接触すれば、反応し消費され、濃度低下を起こす事が懸念される為、反応しにくい試験冶具を用いる必要がある。よって、試験液が反応しにくいガラス器具を用い評価することとした。また、試験液は24時間毎(土日祝日は除く)に交換し、試験液の濃度低下を防いでいた。評価結果としては、H2670材には1000時間の段階でも、水溶液を汚す、または、試料表面を拭いた布が汚れるような現象は見られない。自社所有の耐次亜塩素酸用白色材料H1770ですら、900時間で白汁が確認されており、耐墨汁性については非常に優れた特性を持っていることがわかっていただけると思う5、6)。なお、コメントしていなかったが、H2670材は黒色材料である。黒色配合で耐熱耐薬品性に優れたH0880材についても同様の評価を行ったが、168時間の段階で墨汁現象が確認された。汎用レベルのEPDMであれば、72時間の段階でも墨汁が発生するため、決してH0880の耐墨汁性が非常にレベルの低いものでは無いということをコメントしておく。参考までに、H2670と汎用EPDMの次亜塩素酸ナトリウム水溶液浸漬後の写真を図2、3に掲載しておく。168時
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間の段階で、表面状態に大きな差があることが理解いただけると思う。汎用EPDM表面には、細かい亀甲模様の劣化痕が生じ、光沢が無くなっている。対してH2670の表面には亀裂は無く、光沢が確認されており、H2670の耐次亜塩素酸性については、御理解いただけたと思う。なお、塩素性について、H2670にはもう一つ特徴がある。材料としての塩素消費量が少ないことである。上述したように、耐塩素性を改善する為には、塩素を意図的に吸着することにより、ゴムへの劣化を減らすという手法がある。一見ゴムの寿命を延ばしているため、手法としては正解に見えるが、水道水中の塩素を積極的に消費するということは、塩素濃度の低下につながる。消毒のために、多量の塩素を使用しているにもかかわらず、消毒の為の塩素をシール材が消費してしまっては、まったく意味が無い。H2670材はこのような問題に対しても、充分考慮して開発された材料であり、水道水に対し、問題なく使用いただけると考えている。(水道用器具浸出性能評価JIS S3200-7、食品衛生法厚生省告示85号取得済)
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 耐熱性についても、耐熱の指標である圧縮永久歪試験(JISK6258準拠)で評価している。圧縮永久歪とは、熱を加えたときに、どの程度変形(復元しない)するのかということが、この評価の趣旨である。つまり、高い温度環境であれば、変形は大きくなり、低い温度環境であれば、変形は小さくなる。また、材質のよっても変形度は異なる。耐熱性の優れたものは熱変形が小さく、悪いものは大きくなるということである。当然評価時間が延びれば延びるほど、変形は大きくなる。単純に考えれば、圧縮永久歪の値が小さい方が優れているという理解で良いと思う。参考までに、空気中及び熱水中の圧縮永久歪グラフを図4、5に示す。先ほど述べたが、基本的に黒色材料の耐熱性が白色材料よりも優れていることが一般的である。黒色材料のH0880は自社他社また、黒色白色を含めて、ほとんど最高レベルにあることが確認されている。しかしながら、H2670材は、空気中、熱水中共に、H0880と非常に近似しており、高いレベルの耐熱性を保有しているということになる。耐墨汁性に優れた白色材料のH1770と比較すると、H2670の耐熱性がいかに優れているかが理解できると思う。
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5.まとめ

 現在のシール材の状況、それに対応し得る新製品紹介をさせていただいたが、H2670材は、水道用途だけでなく、さまざまな環境に耐え得る材料と考えている。
 ただ、これに留まらず、今後もより優れた材料開発を行い、ご紹介させて頂ければ幸いである。

参考文献
1)下村泰弘:水関連機器用エラストマー製シール材と新規開発エラストマー,工業材料,Vol.52 No.1242/46
2)下村泰弘:OリングのQ&A,潤滑経済,2005年6月号 No.12)22/27
3)武義人・古川睦久:水道水によるEPDMの破壊,工業材料,Vol.45 NO.7 1997)94/97
4)武義人・古川睦久:EPDM製パッキンの残留塩素による黒粉現象とその劣化メカニズム解析,工業材料,Vol.50 No.9(2002)92/96
5)平野耕生・鈴木憲・下村泰弘:水・食品関連機器用エラストマーについて,バルカー技術誌,No.8SPRING 2004 4/16
6)平野耕生:水道機器,食品機械用シールゴム材料【H1770】,バルカー技術誌,NO.3 SPRING 20026/9

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