生分解性作動油に使用するゴムシール材の選定指針

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シールマーケティング開発本部 シール開発グループ
鈴木 憲

1. はじめに

 昨今、ヨーロッパを中心として油圧作動油による土壌、海洋、河川、大気の汚染が問題視されることが多くなっている。工場排水などに混入する作動油はもちろんのこと、各種製造設備、建設機械、水門ゲート、産業車両、海上作業船などに使用されている作動油による汚染もしかりである。
 作動油は、使用中、使用後の適正な管理、廃棄を行えば問題ではないが、漏洩時には自然環境への汚染が懸念される。一般的に油圧装置に使用される作動油は鉱物油であり、これが土壌などへ漏洩した場合、ほとんど分解は期待できず、また、作動油の性能維持のために用いられる添加剤の一部に有害物質1)を含んだものがあり、長期にわたって環境中に残留し、生態系に悪影響を与えると考えられる。また、難燃性作動油として使用されてきた水グリコール系作動油に関しても、漏洩時の問題が存在する。水グリコール系作動油は、COD(化学的酸素要求量:主に有機物が多いと高くなる)が高く、漏洩時の水質の汚染レベルが高い上に、生分解が期待できないため、長期にわたって残留する可能性が高い。また、鉱物油は水中に漏洩した場合、溶け合わず分離するために回収が比較的容易であるが、水グリコール系作動油は、水に完全に融合してしまい、分離回収は不可能である2)3)

 このような背景のもと、ヨーロッパを基点として、地球環境への悪影響が少ない代替作動油の検証が行われ、候補材料の一つとして、生分解性作動油が挙げられ、その使用に関する検討が始まった。生分解性作動油とは、環境中の微生物により、低分子量成分、二酸化炭素及び水に容易に分解する油を言い、財団法人日本環境協会による生分解性作動油製品の生分解度の規定1)は、所定の易生分解性試験方法(OECD301B、C、F、ASTMD5864、D6731)において、生分解度が28日以内で60%以上となるものである。生分解性作動油は、今後、日本でも従来の鉱物油からの切り替えが進むと考えられるが、現段階では、流通量は伸びていない。原因として、国の規制指針が明確になっていないこと、また、コスト高であることだと考えられるが、今後、環境配慮の観点で、鉱物系作動油の使用が制限され、生分解性作動油に切り替わることが予想される。つまり、生分解性作動油が、油圧関連機器作動油として多用されることも想定しておく必要があり、本報では、鉱物系作動油のシール材として、最もよく使用されているNBRに注目し、生分解性作動油におけるNBRの選定指針について述べる。

2. 材料選定評価

2-1)選定基準
 JISK6258に準拠した浸漬試験を行い、硬度変化、機械的特性変化(引張強度、引張伸び)、体積変化及び外観観察による結果を基に、材料としての耐性を判断する。なお、生分解性作動油の使用は、あくまで摺動部位が主であると考え、動的用途に使用可能かということを念頭において判断することとする。
 材料の適合性の目安として、以下のように設定する。

 ① 動的な使用を考慮した体積変化(10%以上の体積変化)4)
 ② 明らかな機械的特性の低下(伸び50%以上の低下)5)

 ①、②項は長期間摺動材料として使用するための目安であり、使用環境によっては、これにあてはまらないこともある。例えば、固定用途であれば、①項は、許容される変化量が摺動部位に比べ、大きくなる。

2-2)評価試料
 評価の対象材質としては、一般的に油圧機器などに使用される材質であるNBRを選定する。また、NBRにおいては、耐油性に大きく関与するパラメーターであるアクリロニトリル量の変化による傾向を確認すべきと考え、低ニトリル(25wt%未満:当社品番B2570)タイプ、中ニトリル(25wt%以上31wt%未満:当社品番B2770)タイプ、中高ニトリル(31wt%以上36wt%未満:当社品番B2170)タイプ、及び高ニトリル(36wt%以上43wt%未満:当社品番B2270)タイプの4 種類を選定する。これ以外にも極高ニトリル(43wt%以上)タイプが存在するが、あくまで特殊タイプであり、評価対象から外すこととする。選定された材料は、全て当社の標準材料であり、基本的に材料としての構成に関し、アクリロニトリル量以外の構成材料は、近似のものを揃える。

2-3)評価条件
 試験環境としては、通常の使用で想定される80℃、100℃、120℃の3条件を設定する。時間としては、長期的な傾向を確認するため、72時間、168時間、504時間の3条件を設定する。
 一般に、体積膨潤のみの影響であれば、72時間という短時間で、ほぼデータは安定し、時間が経過しても、通常の熱劣化の影響しか確認されない。しかしながら、試験油により、膨潤だけではなく、何らかの劣化、特にポリマー分解などの影響を受けた場合、時間の経過とともに、諸物性変化も大きく変動を続けるため、168時間、504時間のデータを用い、試験油による劣化傾向を判断することとする。

2-4)評価用試験油
 試験用作動油に関しては、生分解性作動油2 種類、鉱物系作動油(耐摩耗性グレード)1種類の計3種類で行う。生分解性作動油に関しては、日本クエーカー・ケミカル社製の標準脂肪酸エステル系作動油である、クィントルブリック888-46及び822-300Jの2種類を用いる。また、鉱物油は生分解性作動油との比較用であり、一般によく用いられる耐摩耗性の鉱物系作動油を用いる。

2-5)評価試料
 試験は各条件ともに、開放系メタルバス試験機にて実施する。冷却管により、試験用作動油の熱による揮発を防ぐこととする。なお、試験用作動油は504時間連続で使用し、新油への交換は行わないものとする。

3. 試験結果及び考察

3-1)結果概要(Table1及びFigure1~10参照)
 硬度変化、体積変化の結果より、NBR中のアクリロニトリル量の変動が、大きく特性に影響することが判明し、中ニトリルタイプ以上のNBRであれば、生分解性作動油に対し使用することは可能と考えられる。もちろん、鉱物油と生分解性作動油の傾向が必ずしも一致していないため、使用に関し、注意する点があり、以下の考察とともに述べる。
 なお、全ての測定データをTable1にまとめる。
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3-2)硬度変化(Table1及びFigure5~7参照)
 硬度に関する比較グラフ(Figure5~7)を掲載する。硬度変化の挙動は、100℃以下は穏やかであり、特徴が確認できないため、120℃条件のみでの比較とする。
 生分解性作動油では、低ニトリルタイプNBRにおける軟化傾向(Figure5、6参照)が顕著である。ニトリル量が上昇するに伴い、軟化傾向は少なくなっている。これは低ニトリルタイプNBRと生分解性作動油の極性が近似することにより混ざり易くなり、逆にニトリル量が上昇するに伴い、お互いの極性が離れるために、混ざりにくくなることが原因と考えられる。経時変化に関しては、72時間の段階で、ほぼ硬度変化も収束し、それ以降も変化は同様であるため、膨潤以外の要因における劣化は、熱劣化による硬化も含めて確認されない。
 鉱物系作動油では、低ニトリルタイプNBRにおいても軟化傾向(Figure7参照)が少ないことが確認される。経時変化に関しては、120℃環境において、時間経過による硬化が確認される。生分解性作動油と鉱物系作動油の硬化傾向の違いは、NBRと作動油の極性の違いによる混ざり易さが、影響している可能性が考えられる。
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3-3)引張強度変化(Table1参照)
 引張強度に関しては、生分解性作動油、鉱物系作動油どちらにおいても、ニトリル量や温度による差異はなく、大きな変化は確認されない。

3-4)引張伸び変化(Table1参照)
 生分解性作動油では、ニトリル量や温度の違いによる引張伸び変化に差が無く、全体的に低下は小さく(ほぼ±20%以下)、時間による経時変化も少ない。
 鉱物系作動油では、ニトリル量による差異は無いものの、温度上昇に伴い、伸び低下(±50%以上)が顕著であり、熱劣化の影響が、顕著に伸び低下として現れていると考えられる。120℃においては長期の使用は困難と言わざるを得ない。
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3-5)体積変化(Table1及びFigure8~10参照)
 体積変化に関する比較グラフ(Figure8~10)を掲載する。100℃以下では、いずれも体積変化が穏やかであり、特徴が確認できないため、120℃のみでの比較とする。
 生分解性作動油では、硬度同様に低ニトリルタイプNBRにおいて膨潤が顕著であり、ニトリル量が上昇するに伴い、膨潤傾向は小さくなる。
 これは、生分解性作動油とNBRとの極性が、低ニトリルタイプNBRでは近似し、膨潤が大きくなるが、ニトリル量が上昇することで、生分解性作動油との極性が離れ、互いに混ざりにくくなり、膨潤傾向が小さくなると考えられる。
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 鉱物系作動油では、低ニトリルタイプNBRにおいても膨潤が少なく、中ニトリル以上ではほとんど膨潤しない。NBRと鉱物系作動油の極性が大きく異なり、混ざり合わないため、ほとんど膨潤しないと考えられる。
 なお、生分解性作動油に対する高ニトリルタイプNBRや、鉱物系作動油に対する中ニトリルタイプ以上のNBRは、膨潤しない反面、ゴム中からの油分の抽出のみが生じることとなり、体積が減少する場合があることを、設計段階では考慮する必要がある。これは、多くのNBRはゴム中に可塑性を高めるための油分を配合しているためである。
3-6)外観観察(Figure1~4参照)
 外観写真に関しては、当社油圧推奨品番であるB2170の120℃条件504時間後、20倍観察写真を掲載する。
 外観変化に関しては、生分解性作動油、鉱物系作動油ともに、ニトリル量や温度による差異はなく、大きな変化は確認されない。

4. 材料選定

 試験結果より、生分解性作動油に対するNBRの推奨範囲をTable2にまとめる。判断は2-1)選定基準にて記載した通り、引張伸び変化と体積変化で行うが、硬度変化、引張強度変化に関しても、参考までに記載する。
 ○、△、の基準として、硬度変化±10以内、引張強度変化±30%以内、引張伸び変化±50%以内、体積変化10%以内を○とし、基準をわずかに超えるレベルを△、明らかに 超えるものをとする。
 Table2の結果より、生分解性作動油に対し、中ニトリルタイプ以上のNBRであれば、鉱物系作動油同様の適合が可能であると考えられる。ただし、中ニトリルタイプNBRは、体 積変化が○~△であり、体積変化を考慮した上での材料選定が好ましい。
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5. おわりに

 上記のように、生分解性作動油による材料評価に関しては、中ニトリルタイプ以上のNBRであれば使用可能との結果を得た。しかしながら、メーカーにより生分解性作動油の組成が異なることが予想され、シール材への生分解性作動油の影響を確認するため、メーカー毎にデータを蓄積していく必要があると考えている。

 謝辞:今回の評価に際し、日本クエーカー・ケミカル株式会社殿より生分解性作動油を御提供頂き、当社のNBR材の選定評価結果検証に御協力頂いたことに、心から謝意を表 するものである。

6. 参考文献

1) 財団法人日本環境協会 エコマーク事務局、生分解性潤滑油Version2.6 認定基準書、1-4( 2012)
2) W/Oエマルション型作動油の特徴、潤滑通信社ホームページより引用
3) 塙、牧野、新しい生分解性作動油剤の開発事例、潤滑経済、6、34-43(2002)
4) 各種エラストマー耐性一覧表、Valqua Hand Book 技術編、504(2010 改訂)
5) 非金属データハンドブック、351(1985)

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