水関連エラストマー選定基準、評価における問題点及び新製品紹介 H3070、H0880

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日本バルカー工業株式会社
基幹産業開発部   鈴木  憲

1.はじめに

 本報では、水関連機器に用いるエラストマーの選定において考慮が必要な因子および評価における注意点について述べるとともに、耐次亜塩素酸性以外の機械的特性や耐熱性にも優れた、水関連機器用エラストマー材料として新たに開発されたEPDM材料を紹介する。

2.水関連機器用エラストマーの選定

2-1) 選定基準について
 バルカー技術誌Valqua Technology News夏号1)にて水関連機器用エラストマーの現状とEPDM−H2670材の紹介をさせていただいた。その中でH2670材は非常に優れた耐墨汁性と耐熱性を併せ持った材料であることを報告し、現在でもその認識に変わりはない。ただ、前報でも述べたように、水用途とは言っても、使用する部位で全く使用環境は異なり、必要とされる性能は必ずしも耐熱性や耐墨汁性だけとはならない。また合否の判断基準も各ユーザーにて様々である。そのため、どの部位に対してもH2670を使用することが必ずしもベストであるとは言い切れない。例えば、前報で問題にした次亜塩素酸による墨汁現象(一番身近な墨汁現象は、水道パッキンや水洗トイレのタンクに用いられるシール材によく見られる。シールの悪くなった水道パッキンを交換するとき、シール材をよく見てみればわかることだが、必ずといっていいほど、触ると手が黒く汚れる。これを墨汁現象と呼ぶ。)に関しても、上水であれば、墨汁は一般的に嫌われるであろうが、下水であれば、シール性に影響が出ないのであれば恐らく問題にはならない。また、同じような部位で使用しても、①:墨汁等の外観を重要視する場合、②:墨汁ではなくクラック発生等のシール性に直接影響が出そうな要因を重要視する場合、③:硬度、体積等の数値の変化を重要視する場合、④:あるいは①〜③までの複合的視点で考える場合等、視点は様々である。それらは、ユーザーが過去の知見を元に設定した視点であり、我々シールメーカーは注意すべき点である。すべてのケースを、ひとつの製品で賄えれば、ベストであるが、使用環境が十数年前に比べ格段に厳しくなっている現状を考えれば、一つの万能製品ですべての使用環境に対応することは難しく、各々の使用環境に最適なシール材料を選んでいくことが、各々の使用環境にあったベストの選定となる。本稿では、水関連の使用環境に各々適したエラストマー材料を紹介する。
2-2) 材料選定の注意点
 前報でも、水関連の材料と言えば一般的にEPDMが用いられていると記載したが、どちらかと言えば上水以上の話で、中水、下水も含めると、NBRはEPDMにもまして使用されている。(表1参照)
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ご存じの通り、NBRは主鎖に2重結合を持っており、熱劣化、酸化劣化に極端に弱いという弱点を持っている2)。当然次亜塩素酸による劣化評価をEPDM、NBRで比較してみると、NBRの方が表面からの墨汁発生時間が早く、形状も時間の経過とともに試料の端の部分から崩壊していくのが目視で観察できるほどである。これに対して一般のEPDMは特殊な配合でなくとも墨汁発生はNBRよりも遅く、試料端部の崩壊も、かなりの長期間でなくては生じない。これらから、次亜塩素酸による外観劣化や特性変化レベルについてはEPDMの方が優れているのは間違いないところである。ただ、EPDMの中にも、耐薬品性の強いグレードもあれば、NBRとそれほど変わらないグレードも存在している。次亜塩素酸性がNBRと同程度のEPDMでは、NBR同様に、短時間で、墨汁を起こし、試料端の崩壊も比較的早い。そのため、NBRからEPDMに変更することだけでは、耐次亜塩素酸性を改善したことにはならない場合もあり、EPDMにも様々なグレードが存在するので、対象のEPDM材の特性を十分把握することが必要である。

3.次亜塩素酸耐性の評価における注意点

3-1) 評価温度
 次亜塩素酸耐性を評価する上で特に注意しなくてはならない点は評価温度の設定である。温度を60℃と70℃(次亜塩素酸水溶液濃度は250ppm)に変えてNBRと耐薬品グレードEPDMを比較評価したところ、両条件共に、耐薬品グレードEPDMは初期の段階(100時間未満)で機械的特性変化(伸び0〜−20%)を起こした。その後は、ほとんど初期の変化率から変化しなかった。反面NBRは、60℃条件の場合は、300時間経過しても、特に大きな特性変化(伸び0〜−10%)は見られなかったものの、70℃条件の場合、100時間以降は、無制限に機械的伸びが低下していき、変化が収束するようには見えなくなったのである。これは、耐熱性に余裕のある耐薬品グレードEPDMであれば、60℃と70℃の差であれば、大きな性能差があらわれず、一方、NBRに関しては、わずか10℃の差で、全く劣化挙動が異なり、大きな性能差となったと考えられる。すなわち、温度設定をよく吟味しなければ、全く違う結果が得られることがあるということを認識しておく必要がある。
3-2) 評価濃度
 温度とは別に、注意しなくてはならないのは次亜塩素酸の評価濃度である。次亜塩素酸の評価はよく200ppmで実施されることがある。この濃度が実際の使用条件を想定した寿命予測に用いることができるかと言えば、答えは“No”である。濃度で単純に劣化の加速ができないためである。一般には、ラボでの高濃度促進試験では硬化が生じ、市場環境では緩やかな軟化劣化を起こすと言われており、実際の例として高濃度促進評価では100時間前後で墨汁を起こしたとしても、実際の使用環境では、数年経過しても墨汁を起こしていない場合があった。現実に、高濃度、低濃度で劣化挙動が異なっているという報告もされている3)4)5)6)。(EPDMのマイルド環境下劣化挙動はバルカ
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ー技術誌,No.13 図1参照。)促進評価の場合、架橋密度が増加し、硬化するもの(促進劣化機構 図1参照)であるが、市場のマイルド環境下では主鎖の切断による架橋密度の低下により、軟化劣化し、シール材の劣化崩壊に至るというものである。つまり現実の挙動を再現し、長期寿命を評価するのであれば、数〜数十ppmレベルで長期間(数か月〜年単位)にわたり評価するのが適切と考える7)。短時間で評価するというのであれば、100ppm以上で、比較対象品と同時に評価し、あくまで優位性の有無を確認する比較試験と認識しておくことが必要ではないかと考える。
3-3) 流速
 温度、濃度以外の要因として、次亜塩素酸水溶液の流速の有無により、苛酷さが変わることもある。当然流速の違いにより、苛酷さは異なるが、データ不足のため適切な評価条件の提案が困難である。実使用環境に流速(水道配管等)が存在する場合は、促進評価環境においても同程度の流速を設定しておけば、実使用環境で生じた劣化と、同様の劣化を再現しやすくなると言われている7)

3-4) 評価判定基準
 温度、濃度、評価時間が決まれば、次に注意すべきは劣化の判定である。次亜塩素酸による劣化を、機械的特性の変化の数値で判定できれば、説得力もあり最も簡便な手段と言える。しかしながら、機械的特性変化と外観の劣化状態は必ずしも一致しない場合があり、注意が必要である。例えば墨汁対策された耐薬品グレードEPDMの場合、初期の段階(100時間未満)で一定の破断伸び、破断強度の低下を起こし、その後、ほとんど初期の低下から変化しない場合が多い。外観に関しては、初期の段階では表面崩壊も少なく、墨汁現象も起こさないが、時間の経過とともに、墨汁現象が徐々に発生、進行する。一方、NBRや墨汁対策されていないEPDMの場合、初期の段階(100時間未満)で試料表面状態がぼろぼろとなり、多量の墨汁現象を生じていることが多いが、その外観とは逆に、機械的特性低下が少ない場合がある。そのため、機械的特性変化だけでなく、外観観察(光学機器、電子顕微鏡など)と合わせて耐次亜塩素酸性を判断する方が確実であると考える。

4.次亜塩素酸以外の水関連機器におけるエラストマー劣化要因

 3項では次亜塩素酸耐性の評価に関して記載したが、耐次亜塩素酸性は水関連の劣化パラメーターの一つにすぎない。水だけを考えても次亜塩素酸と異なる劣化挙動が確認されている。使用温度によって、水による劣化挙動は異なり、劣化速度も大きく異なる。前報で記載したが、墨汁現象を防ぐために、白色化することが単純かつ有効な手段として存在する。ただし、あくまで墨汁対策には有効であるが、高温蒸気中では機械的特性の低下が大きい場合がある。理由として、一般的に白色化には、カーボンに代えて充填材としてシリカ、クレー等を用いるが、高温蒸気中では、シリカの加水分解が進むため、強度、伸び低下が顕著になるためである。殺菌のため、高温蒸気を使用する場合には、蒸気に対する耐性も考慮が必要である。また、洗浄であれば高温の酸アルカリに暴露される可能性もある(CIP洗浄)。高温時、高圧になる可能性も否定できないため、高強度が必要になる場合もある。
 すべてにおいて、完璧な材料は現段階では存在せず、それぞれの使用環境において、適切な材料選定を行うことが、やはり重要なのである。当然コストも材料選定に重要な要因であり、性能だけが優れていても、予算が合わなければ、それはベストとは言うことができない。

5.新製品紹介 EPDM H3070、H0880

 ここまで述べてきたように、水関連機器に用いられるエラストマー材料において、求められる特性は耐墨汁性能だけでなく、機械的特性や耐熱性能も重要な因子であり、今回紹介するEPDM H3070、H0880は、墨汁対策を主な対象として開発したものではなく、耐熱、高強度、耐薬品性を念頭において開発されている(図2参照)。
 耐墨汁という意味で言えば、先に紹介したH2670に比べ、劣るところであるが、高グレード
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EPDMに比べれば、明らかに墨汁発生が遅くなっている。あくまで墨汁対策を主にしていないというだけであり、多少なりとも、墨汁対策はされている材料である。
 右にH3070及びH0880の各種試験データを掲載する。(表2:参考までにH2670、高グレードEPDM及び白色系のH1770データも記載。)

5-1) 機械的特性
 まず、機械的特性であるが、H3070はShoreA硬度で70度、H0880は80度品に分類される。破断強度については、高グレードEPDMの17.1MPaに比べ、H3070が18.5MPaと高く、H0880はさらに高強度の約20MPaを示している。耐墨汁配合のH2670に比べると、いかに機械的強度が高いかが理解いただけると思う。高圧部位、締込みの大きな部位(破損しやすい)には、H3070、H0880は適当と考えられる。

5-2) 各種耐性評価(熱水、蒸気中長期機械的特性変化)
 95℃熱水中、140℃蒸気中の長期機械的特性変化の評価を行った。熱水中では、すべての材料共に1008時間の長期評価であっても特に大きな変化は見られない。しかしながら、蒸気中では4項で述
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べたように、シリカ系配合が大きな特性低下を起こしている。シリカ系配合は明らかに硬度低下を起こしており、シリカの加水分解が影響していると考えられる。(また、高圧の場合、発泡する現象も確認済)参考までに、3%硝酸及び3%水酸化ナトリウム中でも同様の特性評価を行ったが、すべての試験液中でほとんど変化していないのはH0880とH3070のみであった。
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 参考までに、H0880と高グレードEPDMの次亜塩素酸ナトリウム水溶液浸漬(250ppmの次亜塩素酸ナトリウム水溶液80℃条件。詳細な試験方法はバルカー技術誌,No.13参照)後の写真を図3、4に掲載しておく。H2670程では無いが、168時間の段階で、高グレードEPDMには表面にクラックが見られるが、H0880には、多少の表面荒れは見られるもののクラックは確認されていない。
5-3) 耐熱性(圧縮永久歪)
 耐熱性については、前報同様に耐熱の指標である圧縮永久歪試験(JISK6262準拠)で評価している。圧縮永久歪の値が小さい方が、寿命が長く、耐熱性に優れていると言える。なお、今回は水関連機器用途が対象であるため、乾熱中、熱水中、蒸気中(図5〜7参照)で評価している。熱水、蒸気中共に、試験溶媒の喪失を防ぐために、密閉された圧力容器中で評価を行った。また、前報では、φ29mm×12.5mmの円柱状のディスク玉で評価を行ったが、今回はJISB2401規定のP11Oリング(線径φ2.4mm)を比較として用いている。P11Oリングのような小型試料を評価に用いたのは以下のような理由である。
 通常、酸化劣化は、まず真っ先に外気中の酸素と接触する表面部分の劣化が起こり、順に内部が劣化していく。一般には、比表面積(表面積/体積)の大きい試料の方が、外気中の酸素と接触面積が増し、鋭敏に反応しやすくなると考えられている。つまり、比表面積の大きい小型試料を用いた方が、劣化挙動が正確に、また顕著に測定できると考え、P11Oリングを評価試料として採用した。
 評価結果としては、H3070、H0880がすべての条件(乾熱中、熱水中、蒸気中)で高グレードEPDMの寿命(表2、図5〜7参照 80%変形到達時間を一般にシール寿命と言う。ただし、一律に80%変形を起こしたシール材が寿命により漏えいを起こすわけではないため注意が必要)を大幅に上回っている。乾熱環境でも明らかな優位性が確認されるが、熱水、蒸気中ではさらに優位性が顕著になり、高グレードEPDMと比べて10倍以上の高寿命が確認されている。つまり、評価環境に関係なく、H3070、H0880は優れた耐熱性を有していることが確認できている。

 上記のように、H3070、H0880は高強度、耐薬品、耐熱に優れている材料であり、大口径水道配管シールや、高強度の必要なバルブシール材等として推奨したい。なお、H3070、H0880には、大きな特性差はなく、ShoreA硬度70度、80度の硬度違い品として使い分けていただきたい。
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6.まとめ

 前報を記載してから1年目に本報を掲載することとなりましたが、わずか1年で、明らかに流動している市場の動きを実感しております。常に市場を眺め続け、且、継続的に更なる改良を行わないと取り残されてしまうことは、簡単に予測できます。皆様の期待に応えるべく、鋭意努力を行う所存であり、御意見、御希望等いただければ、今後の開発の参考にさせていただきますので、御協力の程よろしくお願いいたします。

7.参考文献

1)鈴木憲:水関連機器用エラストマーの現状と新製品H2670,バルカー技術誌,No.13 夏 2007 11/16
2)光橋義陽・畠山潤・大武義人・古川睦久:水道水残留塩素に侵されるNBRの劣化メカニズム,日本ゴム協会誌,Vol.77 9月号 2004) 301/305
3)武義人・古川睦久:水道水によるEPDMの破壊,工業材料,Vol.45 NO.7 1997) 94/97
4)武義人・古川睦久:EPDM製パッキンの残留塩素による黒粉現象とその劣化メカニズム解析,工業材料,Vol.50 No.9(2002) 92/96
5)吉川治彦・中村勉・百武健一郎・小林智子・植田新二・宮川龍次・大武義人:水道水残留塩素に侵されるEPDMの劣化メカニズム,日本ゴム協会誌,Vol.75 7月号 2002) 313/317
6)吉川治彦・中村勉・百武健一郎・小林智子・植田新二・宮川龍次・大武義人:水道水残留塩素に侵されるEPDMの劣化メカニズム(そのⅡ),日本ゴム協会誌,Vol.76 1月号 2003) 9/12
7)(社)日本バルブ工業会 水道用ゴム研究開発委員会:水道用ゴムの耐残留塩素試験方法検討,バルブ技報,No.59 2007) 127/141

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